日本学術会議自然人類学分科会「ロボットの人類学」シンポジウムのご案内

このイベントは終了いたしました。多数のご参加を頂き、まことにありがとうございました。


実空間で活動するロボットや、仮想空間に再現されたCGエージェントが、われわれ人間に非常によく似た姿形を再現できるようになり、人間とよく似た行動を表現できるようになってきました。

このような提示再現技術の向上に伴って「不気味の谷」と呼ばれる現象があることが提唱されています。これは、ロボットやCGエージェントの人間への類似性が高まると、それにともなって人間はそのロボットやCGエージェントに対して好感的、共感的になっていくが、その類似度がある一線を越えると、人間はそのロボットやCGエージェントに対して強い嫌悪感を感じるようになる現象をさします。

「不気味の谷」の存在や、そのカーブは、科学的に証明されているわけではありません。今回のワークショップでは、その現状を踏まえた上で、人間が自分自身とよく似た、しかし微妙に異なる対象を見るときの「受け止め方」について多面的に議論をすることを目的とします。そこで、単にロボットやコンピュータグラフィクスの技術者だけでなく、人類学の分野から、人間と似通っている霊長類の研究者、異文化間のコミュニケーションを研究する文化人類学者、生体を対象とした自然人類学の研究者を交えてディスカッションを進めます。

概要
日時…2007年11月24日(土)
シンポジウム:13:00〜16:00
見学会:16:30〜18:00
場所… シンポジウム 東京国際交流館 国際交流会議場
新交通ゆりかもめ「船の科学館」駅徒歩3分 「テレコムセンター」駅徒歩5分
→東京国際交流館 交通案内ページ
見学会 産業技術総合研究所臨海副都心センター3階 デジタルヒューマン研究センター
新交通ゆりかもめ「テレコムセンター」駅徒歩5分
→臨海副都心センター 交通案内ページ
プログラム(予定)

各講演のタイトルをクリックすると、講演内容にジャンプします。

シンポジウム
13:00-13:05開会の挨拶とシンポジウムの趣旨
斉藤成也 日本学術会議会員・自然人類学分科会委員長)
13:05-13:35アンドロイドサイエンス
石黒 浩(大阪大学工学研究科 教授)
13:35-14:05個性を表現するキャラクタアニメーション
森島繁生(早稲田大学理工学部 教授)
14:05-14:25ヒトとヒト、ヒトとロボットの違い
河内まき子(産総研デジタルヒューマン研究センター 主任研究員)
14:25-14:45ヒトとロボットは対話できるか:ヒトと動物のコミュニケーションから
山極寿一(京都大学理学研究科 教授)
14:45-15:05人種論から見る不気味な存在
竹沢泰子(京都大学人文科学研究所 教授)
パネルディスカッション準備
15:15-16:00パネルディスカッション
司会:持丸正明(産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター 副センター長)
パネリスト:上記講演者全員
デジタルヒューマン研究センターへ移動
16:30-18:00産総研デジタルヒューマン研究センターにてロボットの見学会
- 人間型ロボットHRP-2 Promet:あなたのとなりにロボットがいる体験
講演内容(随時追加されます)

アンドロイドサイエンス

石黒 浩(大阪大学工学研究科 教授)
人間はコミュニケーションの対象を擬人化する.故に,ヒューマノイドやアンドロイドに強い興味を持つと共に,それらは,人間にとってはこれまでにないコミュニケーションメディアとなる.このアンドロイド開発は単に人間らしいロボットを開発することを目的としているのではなく,その開発を通して人間を理解しようというものである.実際に,人間らしいロボットを開発するには,我々人間が人間のどこに人間らしさを感じているかを知る必要があり,逆に,完成したロボットはその仮説を検証するテストベットとなる.この研究枠組みをアンドロイドサイエンスと呼んでいる.

個性を表現するキャラクタアニメーション

森島繁生(早稲田大学理工学部 教授)
コンピュータグラフィックスによる人物描写は、ロボットのように実体を伴 わなず、ディスプレイ上の仮想的な存在として表現しうる。リアルなCG表現技術は近年急激に進歩し、実写とは区別できないほどその表現クオリティは向上している。しかし、コンテンツの表現技法という観点から見れば、リアリティは、必ずしも人を感動させるのに必要なファクターとは言えない。愛・地球博で164万人に感動をもたらしたフューチャーキャストシステムの開発経験と現在進めている個人性を強調するキャラクタ表現技法の研究、さらにアニメコンテンツ制作の高能率化プロジェクト等を通じて、人に感動を与えるあるいは人に心地よさを感じさせるキャラクタ映像表現について概観する。

ヒトとヒト、ヒトとロボットの違い

河内まき子(産総研デジタルヒューマン研究センター 主任研究員)
ヒトのデザインもロボットのデザインも、物理的制約に従っている。ヒトの場合は、さらに生物としての制約条件がある。たとえば、変異の大きな部分を占める成長では、サイズと形(プロポーション)に一定の関係があり、特定のサイズとプロポーションと機能(知的能力、運動能力)との間にも一定の関係がある。子供のサイズから、どの程度の機能をもつかわかるのは、このためである。人類全体としての多様性は大きいが、われわれが日常的に目にするヒトの変異は、そのなかのごく一部にすぎない。経験的に知っているヒトのサイズ・形・機能の間の関係からはずれたヒト型のモノがヒトとして動くのを見るときに、ヒトは違和感を覚えるのではないだろうか。

ヒトとロボットは対話できるか:ヒトと動物のコミュニケーションから

山極寿一(京都大学理学研究科 教授)
ヒトと同じような身体で、ヒトのように歩き行動するロボットが作られるようになった。ロボットがわれわれ人間の間に混じって暮らす日もまもなく実現するかもしれない。ただ、ロボットがわれわれとどう付き合うのか、未だにはっきりしたイメージは描けない。われわれの周りにはすでにペットや家畜動物がいる。動物園へ行けば野生動物たちと対面できるし、郊外では多くの動物たちと思いがけない出会いがある。ロボットはこれらの動物たちとどう違うのか。長年ニホンザルやゴリラなど人間に近い野生動物を観察してきた私にとって、それは主体的に他者に同調しようとする構えがロボットにかけていることだと思われる。ロボットには自分を守ろうとする動機がない。刻々と変わり行く状況を主体的に判断して相手に合わせて自分の動きを変えていく能力がない。そもそも自己主張することがロボットには禁じられている。それが、二足歩行をするアシモを見たときの私の違和感だった。人間も動物も、自己主張と相手への同調という二つの異なる構えを身体の動きにバランスよく取り入れる能力がある。それは心の理論によって生まれるものではなく、もっと身体的な反応である。とくに異種間の動物の付き合いはその能力によって保証されている。私たち野生霊長類のフィールド研究者は、ヒト付けという手法を通して自らのそういう能力に気づくことになる。本発表ではそういった体験をいくつか紹介しながら、ロボットと動物の対話能力の違いについて考えてみたい。

人種論からみる不気味な存在

竹沢泰子(京都大学人文科学研究所 教授)
人間の分類のなかで社会的にもっとも強固に存在するものの一つは「人種」であろう。(社会的な意味での)異人種を指して「不気味だ」「怖い」「信頼できない」といった感情が表現されるのは、その端的な例である。
ロボットと異人種の不気味さには、確かに通底するものがある。不慣れな存在、分類不可能なもの、境界線上の存在にタブー意識や不気味さは付与されがちだからである。人間でも機械でもないヒューマノイド・ロボット、かつて人間(ヨーロッパ人)でも類人猿でもない、その間の「存在の大いなる連鎖」のなかの「失われた環(missing link)」を埋める存在と考えられた「黒人」。
しかしロボットと人種が決定的に異なるのは、人間とロボットの間で子どもをもうけることはできないが、「異人種間結婚/混淆」は可能だということである。自らの「女」を奪われること、その女との間に子どもが生まれること、は主流集団にとって悪夢にほかならなかった。だからこそ異人種は、不気味で、恐ろしく、劣った存在でなければならなかったのである。
では異人種の不気味さの正体は何か。アメリカ合衆国における20世紀前半に使用された広告を題材に、「黒人」が「不気味」「汚い」「劣っている」「理性で感情を抑制できない」などといった固定観念でもって表象されるしくみについて一考したい。
本報告では、視覚的な表象や言葉の意味などを吟味することによって、異人種の不気味さについて考えてみたい。

日本学術会議自然人類学分科会「ロボットの人類学」シンポジウムのご案内
Last Modified; September 24 2013 21:59:14
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