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研究内容

肩関節中心の推定手法

近年の運動計測技術の進歩に伴い,CG製作におけるモーションキャプチャやバイオメカニクス的な運動解析などの分野における研究が飛躍的に発達してきました. そのため,人体の関節中心の変位を計測する技術が必要になります. しかしながら,その関節中心は触診や統計による回帰分析などによる解剖学的な手法を用いて推定されていたため,運動計測技術の高度化と必ずしもマッチしていませんでした.

特に,複合関節からなる肩関節では,鎖骨・肩甲骨・上腕骨の配置を計測,または推定することにより,肩関節中心を求めていました. しかしこの方法は,詳細な肩関節構造データが必要となるため,デジタルマネキンやCGのモデルへの応用がしづらく,工学的に使い勝手の良い方法ではありません. したがって,計測ができても解析ができない,ということが起こり得ます. よって本研究では,より運動学的に則し,かつ,解析モデルに容易に当てはめることが可能な肩関節中心推定手法を提案します.

研究方針 -解析モデルへの適合性-

デジタルマネキンなどの解析モデルは,一般的には体節を剛体リンクで表わし,関節でリンク同士をつなげた構造になっています. これに人間の姿勢を当てはめ,腕を水平に伸ばしたとき,たとえ同体形・同姿勢であっても,手先の位置に誤差が生じます. これは,デジタルマネキンが肩関節をボールジョイントとしてモデル化されているのに対し,実際の人間の肩は,腕を伸ばしたときに,鎖骨や肩甲骨も連動して動く関節であり,肩関節中心が並進運動を行うからです. このため,上肢の到達域や可動範囲を模擬することができず,製品設計やCGへ悪影響を及ぼすことがあります.

この問題の解決策として,解析モデルの肩関節構造を,より人間に似せることが考えられますが,実際には,詳細な身体データを取得することは困難であり,また,解剖学的な知識が多く必要になります.

そこで本研究では,解析モデルのリンクの幾何学的拘束条件を運動計測に当てはめて,人間の肩関節中心を求めることを提案します. この方法によれば,肩関節中心は上腕節内に拘束されたある点になります. この場合,計測された肩関節位置は,体幹から見て固定点になるわけではなく,並進運動を許容します. すなわち,解析モデルとの幾何学的な誤差は,本来,体幹に固定されるべき肩関節中心と上腕節に固定された肩関節中心の並進方向位置の差異で吸収させます. このずれが,実際の人間の鎖骨や肩甲骨による運動変位を表わします.

デジタルマネキンと人体

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肩関節中心の幾何学的推定方法

絶対空間における肩関節位置と上腕節座標系から見た肩関節位置をすり合わせることにより,上腕節座標系に固定された肩関節中心を推定する方法を提案しました. この方法では,あらかじめ決められた肩関節中心推定運動を行わせることが必要になります. この運動は,言わば上腕節座標系から見た肩関節中心のキャリブレーション方法です.

本手法では,あらかじめ定められた「肩関節中心推定運動」を行うことによって,上腕節につけられた3点以上の標点群から,上腕節座標系における肩関節中心ベクトルを求めます. よって,標点群から上腕節座標系の回転行列を作ることにより,実際に計測したい運動において,計測空間内に肩関節中心を記述することが可能になります. この肩関節中心ベクトルの求め方を以下に示します.

体幹が動かないとしたとき,肩関節中心は,ある微小時間内では絶対座標系空間に固定点として存在します. そのため,上腕に取り付けた標点と肩関節中心との距離は,それぞれ微小時間内では一定になるはずです. これを整理すると,肩関節位置は左図のような形でまとめることが可能になります.

一方,上腕節座標系において,上腕座標系原点から見た肩関節中心ベクトルは常に固定であるとします. これは,リンク長を常に一定にするためです. このとき,基準姿勢を解剖学的基本姿位に取り,その姿勢からの変位を回転行列で表わすことにより,肩関節位置を求めることができます.

これらの仮想的な肩関節中心は,いずれも時系列データとして計算できます. よって,全ての時間について,この2つの方法による肩関節中心の差異がもっとも小さくなるように,上腕座標系原点から見た肩関節中心ベクトルを最適化によって求めます.

この方法では,「肩関節推定運動」を必要とし,その運動によって肩関節中心の推定の良し悪しが変わります. よって,どのような運動をさせるかを検討する必要があります.

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肩関節中心推定運動パターンの決定

肩関節中心推定運動をどのようにすれば確からしい肩関節中心が求まるのか,を検討しました.

肩関節中心推定運動のパターンを定めるため,計算機内に仮想上腕モデルを作り,屈伸および内外転させることにより,その動きの大きさと推定された肩関節中心推定運動の関係を調べました.

計算機内の上腕モデルの外側に標点をとりつけ,運動に応じた変位を与えます. 外側に標点を取り付けたのは,実際の運動において,内側に標点をとりつけると,体幹との接触がおき,また,自らの身体で標点を隠してしまうことがあるためです.

なお,標点変位には±5mmのランダムノイズを与え,計測時の誤差を模擬しました. 運動は,伸展・屈曲・内転・外転を,それぞれ独立して行わせました.

それらをまとめた結果,以下の3つのことがわかりました.

  1. 運動の振幅が小さいと誤差が大きい.
  2. 前後方向の誤差は屈伸で相殺可能.
  3. 左右方向の誤差は内外転で相殺可能.

これらより,単純な運動ではなく,屈伸と内外転の組み合わせ動作が肩関節推定運動として必要であることが示唆されます.

そこで左図のような運動を提案しました. これは,屈曲60°・伸展10°・外転90°・内転30°の振幅の正弦波の組み合わせ運動になります. このようにして肩関節推定運動をおこなうことにより,上腕節座標系に固定された肩関節中心ベクトルを求めることが可能になりました.

なお,標点変位に±5mmの誤差を付加した場合においても,肩関節中心の真値は±3mm程度の誤差範囲内で推定できます. そのため,計測誤差に対しても,ある程度のロバスト製があることが示されました.

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本手法の検証

骨格模型や生体を用いて本手法の検証を行いました. その結果,上腕骨骨頭の位置に関節中心が現れることを確認しました.

本手法が実際の骨格系で適用できるのかを調べるために,骨格模型と生体で検証実験を行いました.以下に詳細を示します.

実際の肩関節推定運動の計測では,身体が完全に固定されることはありません. そこで,比較的幾何学的拘束が緩やかな骨格模型を用いて,本手法の検証を行いました. なお,解剖学的に肩関節中心が存在すると言われている上腕骨骨頭の位置については,あらかじめその範囲を3次元ディジタイザにて計測しました.

その結果,本手法によって推定された肩関節中心位置は,上腕骨骨頭範囲内に存在しました. よって,幾何学的拘束が緩やかな場合であっても,肩関節中心を求めることは可能であると考えられます.

また,実際の運動計測においては,皮膚変形の問題が生じます. そこで,実際に生体を計測することで,その影響がどのように推定手法に効いてくるかを調べました. なお,生体の計測については,あらかじめMRIにて標点の位置と上腕骨骨頭の位置を計測しました. これにより,運動中の上腕骨骨頭の位置を知ることができます.

その結果,本手法により求められた肩関節中心は,計測された上腕骨骨頭内に存在することがわかりました. よって,皮膚変形の問題についても,ロバスト性が高いことがわかりました.

いずれの結果も,肩甲骨のくぼみに上腕骨がはまるところの中に肩関節中心が推定できており,比較的正しい位置に推定できていると考えられます. この方法は解剖学的知識に依存せず,さらに,標点位置の取り付け位置を限定しないため,他の関節への適用も容易であると考えられます.

今後の課題と展開

本手法は解剖学的な知識を用いていないため,肩関節と同様の3自由度を持つ関節(例えば股関節)であれば,同じ手法により関節中心を推定することが可能です. 同技術は、特許出願中です.

今後は,本手法と解剖学的な座標系とのすりあわせを行い,広く一般的に使えるようにしてゆく予定です

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